数学して幸せを見つける

数学に取り組む事で解決の糸口を発見したり、別の見方ができるようになったり、幸せに向かう考え方を見つけよう。

数学教育の道徳側面:こっちを選ぶ気持ち(理由)を知ろう

連立方程式を解きなさい

2x+y=13…➀

x-y=5…②

➀+②でx=6…③

x=6を ➀か②のどちらに代入するか?

②が大半、①が少数派。

「理由は」の所を➀を選びたくなる気持ちを考えてみよう。教えてもらおう。

理由は、②はマイナスがあるから。➡「あ~そうね」

 

生徒との何気ないやり取りの中でも、少数派の意見や理由に耳を傾ける。

「理由」ではなく「選ぶ気持ち」という事を選ぶ。

些細なことだと思いますが、生徒の受ける印象や「人の気持ちに耳を傾ける」という言葉が数学教育の中で出てくることに意義は十分に深いと思います。

中学2年 文字式を使った説明

 中学2年の式の利用では、「文字式を使った説明」がでてくる。後半に出てくる図形の「証明」への前振りにもなる。また、文字を使った四則の完成から(文字をかける。で割る)具体的な数から、数の性質を文字で表せ、計算できるようになる。このことは、子ども達にとって(人にとってかもしれない)とても大きなジャンプといえる。

 例えば、連続する3つの数を文字式で表し、すべての場合で成り立つことを確認できる。この「すべての場合」を確認できるということを理解すること・取り込むことは思考の中では物凄いことだと感じる。

 連続する3つの数を文字を使って表す方法を知る。この時も、ただ、n、n+1、n+2と教えるのではなく、「連続する」ということはどういうことで文字を使ったらどうなるのかを考えさせたい。「知る」には、構造を飲み込む必要がある。新たな性質を見つける「連続する3つの数の和は、3の倍数になる」このことにトキメキを感じるか。これは「出会い」だろう。トキメキを感じなくとも、この性質をすべての場合で確かめる方法を得ていく。その方法が「文字の使用」となる。どんな場合でも文字を使用することで網羅できる。それは、「構造を文字式で表している」という事を理解する必要がある。

 問題文「文字式を使って説明しなさい」は、その点を理解することに主眼が置かれる。その点がすべてでもある。説明のそのもの構造は、➀文字を使って表す。②式で表し計算する。③目的の形にする。例えば、連続する3つの数を文字を使って表す。➀n、n+1、n+2 ②式にするn+(n+1)+(n+2)、計算する。3n+3 ③目的の形にする。3(n+1)3の倍数の形。

 数の性質を文字で表す。この素晴らしい発見に子どもたちを引き付けたい。

単項式 多項式 定数項

単項式 多項式 定数項 などの数式にまつわる単語がなぜあるのか?

ただの暗記になってしまったら、数学らしさを失う。

生徒とのやり取りの中で、整理や分類

 単項式や多項式のグループ分け、何次式かの基準

 具体的に式を書き連ねて、どんな基準で判断しているか見つけていく。

 その過程を、楽しみながら生徒自ら発見していく。

 発見したように、授業を展開していく。

 

この式を「単項式」と言います。この式を「多項式」といいます。

ではなく、この式を「単項式」とすると、こっちの方の式はなんと呼べばいい?

 

ひとつのルールから、様々な式の構造を発見、整理していく。

そこから、同類項、同類項がまとめられる。

 

文字式の掛算記号を省略して書くことから、

そこに矛盾が出ないように、次々に新しいルールが追加されていく。

人の思考から生まれた数学は、ひとたび動き出せば、

構築した人の手を離れ組上がっていく。

 

それを、様々な題材や場面で繰り返していく。

まさに、「思考の世界」! 

アリゴリズムにそって、正確無比の演算を行うとういうものでない

 

平面図形の基礎

平面図形の基礎

 基礎とは何を指すのか

   名前(呼び方) 定義(~を~と決める)

 

1点を通る直線は何本引けますか?

  無限と無数の話

2点を通る直線は何本引けますか?

  1本

そこで「直線はどんな線か?」

 2点A,Bの最短距離を示す、回り道をしないまっすぐな線」

そして、どこまでも伸びる直線、一部分を「線分」3つの線分に囲まれた「三角形」

角の表し方

 角AOB ∠AOB  ∠BOA(頂点が真ん中) ∠O  ∠a 

   【角の名前と大きさを表す記号】

一つの角には3つある(4つ)

 

いろいろな距離

 距離といったら「最短距離」なぜですか?

  【誰が測っても同じになるから】

点と線の距離

  垂線の長さ:最短になるから

    なぜ最短になるのかな

     両端から真ん中に進めて行くと角度がどんどん大きくなる

      ぶつかると、同じ角度になる(インチキ)180°に同じ角2つで90°

ここで、一度触れておくと接線の時に、また想起できる

円と線

  離れている。交わる(1点、2点)

1点で交わる時:接する

  中心Oと円周上の2点A、Bがあって、中心から直線を離していくと、

  ∠OABと∠OBAは等しい角で、とうとうぶつかる。180°に等しい角が2つ90°

円Aと円B(半径が等しい時)

 ここ大事、2つの円の交点をP、Qとする

  四角形PAQBはどんな四角形:ひし形  

 中心AとBを結んだABとPQはどんな関係か

  垂直に交わっている。交点で二等分される

  「そう言える根拠(理由)は、何ですか?」

    ひし形だから「2つの対角線は、互いに垂直で二等分する」

     では「なぜ、ひし形はそう言えるのか?」

       ひし形が「対称な図形」だから

この対称な図形、対称の軸がこの後、大活躍する

数学教師が1次方程式が解けなくていいと言えるか?

中学校1年生が初めて1次方程式なるものを習った時に

なかなか文字式や等式の性質を理解出ないでいる生徒がいる時

移項や分配法則を何度やっても忘れてしまう生徒に

1次方程式は解けなくていい!でも目標となる形(X=数)があって

その形を目指して、様々な方法・正しい方法や変わった方法を色々試す。

必ず目指す形になる方法が見つかる。

ということを覚えていて欲しいと伝える。

 

全員にできて欲しいと願いながらも、

全員できないたどり着けない生徒がいる。

学校という小さな社会では、その子の全てを引き出すことはできない。

論理数学的な分野がその子の中で一番苦手なことかもしれない。

数式を使わない、論理的な才能があるかもしれない。

 

大切なのは、1次方程式が解けることではなく、

解くまでのプロセスがどんなものだったか、

解くために何をしたか、

解くためにどんな工夫をしたか、

 

そこに行き着くまでの関心の向け方やテンションの上げ方を覚えていくこと

1次方程式を解けなくてもいい!?

数学教師が1次方程式を解けなくてもいいよ?!と言えますか?

中学生で1次方程式が解けない時に、解けなくてもいい。

でも、問題があってそれを解決する。目指す形(X=数)がある。

解決するための方法や道具ある。(等式の性質、分配法則)

自分の知っている事を使ってみる。(分配法則や10倍すると整数になる)

1次方程式を解けなくても、1次方程式の解法のように

   問題を解決(解く)方法は必ずある。

    1次方程式が解けなくても、この解決方法を理解してくれればいい。

 

解けない生徒は、九九や繰り上がりや余りのある割り算ができない。

でも、世の中生きていける。問題をクリアする方法を知っていれば。

数学教育における人格教育

タイトルが重い。

学校で数学を勉強する中で、「人を育ていく」という考え。

「なぜ数学を学ぶのか」 

mathpsychology.hatenablog.com

の  陶冶目的になると思う。

数学ほど知識量の少ない科目はないと思う。

単語や記号、歴史的事項や実験結果など 覚える単語や事柄が極端に少ない。

知識の多寡に左右されない(他教科に比べて)のが数学教育だと思う。

難しいの抽象化、抽象化された概念を使っていく。

数学が哲学に入っていた遠い昔のことを考えると、一人で深く考えるのは内的世界を突き詰めていく成長だろう。

そこまで突き詰めていかない多くの人々にとって、数学はどう役に立つのか。

 抽象化やその概念の操作を個人で行うばかりではなく、教師や仲間などとの関わりから進めて行く。そのときのやり取りが「人を育てる」と思う。

 やり取りには、相互信頼が必要になると思う。安心して聞ける、伝えられる。

 最初は、先生から「隣に教えなさい」「隣に聞きなさい」といわれて始める。

 でも、先生からの指示で、その関係は深まっていく。

  • 「分からない所がわかるだけでも進んでいる」
  • 「できなくても、分かろうとする努力は認められる。関心があると評価できる」
  • 「教えることで数学に対する深い理解が得られる」
  • 「難度の高い問題程、説明が求められる」(数学的に構造の理解が必要)
  • 「言葉で説明」(どこにつまずき、どう説明するのがいいのか)
  • 「言葉ではなく、ワンポイントコメントでアドバイス」(文章で整理する)

人格教育と書くと重々しいが、

相手を思いやる気持ちと方法、そして気持ちを伝えること。それを行えるようにするのが人格教育だと思う。立派な人、善良な市民、清廉潔白な人など手本になるような人を目指すことだけではないと思っている。

と考えると、教え合いの中での相手への配慮は、先生対みんな、みんな対みんな、小グループ、隣同士、どんな場面でも相手が誰でも人格教育に繋がる。

そうならないのは、その場の雰囲気だと思う。これが、ややこしい。同じ学級でも、子どもたちの気分に左右されたり、授業者の力量がや準備が不十分で未消化で終わったり、コンスタントに教え合いができる方法や力量を持ちたい。